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千葉地方裁判所 平成3年(モ)293号 決定

申立人(原告) 有限会社 千葉リハウス

右代表者代表取締役 本山敏男

右訴訟代理人弁護士 向井弘次

相手方(被告) 甲野太郎

主文

一  相手方は、昭和六二年度の相手方の確定申告書写し及び収支内訳書写し(ただし、確定申告書写しのうち相手方の氏名、押印欄及び税務署の文書収受印の押印部分並びに収支内訳書写しのうち申立人との金銭授受を記載した部分以外の各部分を除く。)を、当裁判所に提出せよ。

二  申立人のその余の申立てを却下する。

理由

第一本案事件(以下「本件訴訟」という。)の概要

本件訴訟は、弁護士である相手方(以下「被告」という。)に対し分配金請求事件等(以下「前提事件」という。)の事件処理を委任した申立人(以下「原告」という。)が、被告に対し、①前提事件の処理において被告に任務懈怠及び説明義務違反等があったこと等を理由に、債務不履行又は不法行為に基づき、合計金一億五三一七万八五〇〇円及びこれに対する遅延損害金、②前提事件において原告が被告に対し鑑定費用として預託した金二〇〇万円を被告が返還しないことを理由に、委任契約に基づき、金二〇〇万円及びこれに対する遅延損害金、③前提事件において原告が被告に対し仮差押えの保証金として預託した金一〇〇〇万円の内金一〇〇万円を被告が返還しないことを理由に、委任契約に基づき、金一〇〇万円及びこれに対する遅延損害金、④前提事件において被告が受領権限なく和解金を受領したこと等を理由に、不当利得に基づき、右和解金に対する被告がこれを受領した後原告に交付するまでの期間の利息相当の金員の、各支払を請求している事案である(右②の請求を以下「本件預け金返還請求」という。)。

第二申立て

一  文書の表示

被告が白色申告者である場合には、昭和六二年度及び平成元年度の被告の確定申告書写し及び収支内訳書

被告が青色申告者である場合には、昭和六二年度及び平成元年度の被告の確定申告書添付の決算書類及び同決算書類作成の元帳となった勘定帳のうち、原告との金員のやりとりを記載した部分

二  文書の趣旨

被告が原告から受領した金員の趣旨が記載されている文書である。

三  文書の所持者

被告(弁護士の確定申告書類には、全体の総収入はもちろんのこと、収支の内訳を明らかにする書面を添付することが、白色申告については所得税法一二〇条四項、青色申告については同法一四九条により義務づけられている。)

四  証すべき事実

原告が被告に対し、鑑定費用を預託した事実

五  文書提出義務の原因等

本件預け金返還請求につき、原告は、被告に対し交付した金員が前提事件の鑑定費用を含むものである旨の主張をし、被告は、右金員が前提事件の着手金及び訴状貼付用印紙代であって鑑定費用を含むものではない旨を主張し、争点になっている。

そして、被告は右金員の趣旨を立証する証拠として乙第五、第六号証(いずれも領収書の控えないし写し)を提出した。たしかに、右乙号各証には「鑑定費用」という文言はないが、乙第六号証は「但し、……中略……印紙代等費用および着手金として」との文言により右金員の趣旨を特定しているに過ぎず、この中に鑑定費用を含むものと認めることもできる。

また、この点についての、原告代表者及び被告本人の各尋問の結果は真っ向から対立している。

しかして、原告が提出命令を求めている文書は、右金員の趣旨を明確にする記載がなされている文書であって、被告は、次の1ないし3により提出義務を負う。

1  民事訴訟法三一二条三号前段

原告が提出命令を求めている文書は、申告納税者である被告の収入及び支出を明確にし、その負担する所得税金額を確定するために作成された文書であって、その限りでは当該作成者である被告の利益のみを主眼としたものともいえる。

しかし、税務当局が申告納税者に対し記帳等の義務を課した目的は、収入であればその支出をした者、支出であればその収入を得た者というように、その取引の相手方の税務申告と照らし合わせることにより、正確な金銭の流れを確定することにあるから、右義務に基づき作成された文書には、単に当該申告を行った者の利益を確保するだけではなく、その取引の相手方の申告内容の正確性を担保する目的もある。

したがって、原告が提出命令を求めている文書は、被告の所得税金額を確定することのみならず、被告に対して支出を行った原告の申告納税金額を明確にしてその正確性を担保するためにも作成されたものであって、原告の利益のためにも作成された文書である。

2  民事訴訟法三一二条三号後段

原告が提出命令を求めている文書は、原告と被告との間の委任契約に基づいて授受された金員の金額と趣旨を表示する文書であって、「原・被告間の法律関係に関係のある事項を記載した文書」であり、また、いずれも原告と被告との間で発生した委任契約という法律関係の生成過程を表示する文書又は右法律関係の生成過程において必ず作成される文書であって、「挙証者と文書の所持者との間の法律関係の生成過程を表示する文書又は法律関係の生成の過程において作成される文書」にあたる。

そして、民事訴訟法三一二条三号後段のいわゆる法律関係文書を広く解する近時の裁判例に照らすと、原告が提出命令を求めている文書は、まさに法律関係文書にあたるといえる。

3  商法三五条

原告が提出命令を求めている文書は、商業帳簿に該当する。

第三被告の意見

本件申立ては、次のとおり文書提出義務の原因を欠くことが明らかであり、また、立証事項の重要性、立証の必要性、文書と立証事項の関連性、文書の性質、文書作成の目的、プライバシーの保護等のいずれの点からも失当である。

一  民事訴訟法三一二条三号前段の文書に該当しない。

1  民事訴訟法三一二条三号前段のいわゆる利益文書とは、当該文書により挙証者の地位、権利及び権限を直接証明し、義務づけるために作成された文書を意味するのであって、原告が提出命令を求めている文書はこれにあたらない。

2  原告が主張する「利益」とは、税務当局の利用価値ないし利便性を意味するに過ぎず、原告のための利益を意味してはいない。

また、原告の主張する意味での「原告の利益」は、法人である原告が、現実に税務当局に提出した法人税申告書中に、被告に対する支出及びその金額を具体的に記載している事実があって初めて成り立つはずであるが、そのような記載が法人税申告書になされた例を知らない。

二  民事訴訟法三一二条三号後段の文書に該当しない。

1  民事訴訟法三一二条三号後段は、もともと契約関係を前提に規定されたものであり、いわゆる法律関係文書とは、当該法律関係そのもの、あるいは当該法律関係の成立ないし生成過程で当事者間で作成された申込書、承諾書等の当該法律関係に相当密接な関係を有する事項を記載した文書のみをいうのであって、原告が提出命令を求めている文書のように所持者が単独で税務申告上の必要から作成した文書を含まない。

2  原告の論理によれば、商法上帳簿閲覧権を有しない少数株主であっても、文書提出命令によりこれを閲覧することが許される結果となり、論理的に破綻する。

三  商法三五条の適用はない。

弁護士は商人でなく、また、確定申告書の写しは商業帳簿ではないから、原告が提出命令を求めている文書に商法三五条は適用されない。

四  文書提出の必要性がない。

1  税法上、納税義務者には、確定申告書の写しの保存義務はなく、また、その申告納税金額の根拠となる原始帳簿ないし伝票、領収書等の原始資料については、反面調査を含む税務調査の権限を行使するために納税義務者に保管させているに過ぎない。

本件訴訟では、原始資料となる領収書が乙第五、第六号証及び甲第一二号証の一ないし三等として提出されており、原告が提出命令を求めている文書を提出する必要性は皆無である。

2  原告が提出命令を求めている文書は、個人の税務申告書の写しであり、個人のプライバシーの記載された文書である。

このような文書の提出を、取り調べの必要性がないにもかかわらず、求めること自体、嫌がらせが目的である。

第四当裁判所の判断

一  《証拠省略》によれば、被告は、白色の用紙により所得税の申告を行っている者(以下、白色の用紙により行われる所得税の申告を「白色申告」といい、白色申告を行う者を「白色申告者」という。)と認められるから、原告が本件申立てにより提出命令を求めている文書は、昭和六二年度及び平成元年度の被告の確定申告書写し及び収支内訳書写し(以下「本件文書」という。)であることになる。

なお、原告の申立てからは、収支内訳書については原本の提出命令を求めていると解する余地もあるが、確定申告書写しとともに提出命令を求めていること及び提出命令を求めている相手方が納税申告をした私人であることからすると、収支内訳書についても写しの提出を求めているものと解される。

二  文書の趣旨

事業所得等を生ずべき義務を行う白色申告者が所得税の確定申告書を提出する場合、総収入金額及び必要経費の内容を記載した書類(収支内訳書)を添付しなければならないこと及び弁護士が事業所得等を生ずべき業務を行う者であることは、関係法令に照らし明らかである。そして《証拠省略》によれば、弁護士用の収支内訳書のモデル書式には、弁護士の一般事件の報酬の内訳について、依頼者ごとに、着手金、中間報酬、成功報酬、訴訟費等の項目を摘示した上、「注」として、「訴訟費」欄には、訴訟事件について依頼者の負担すべき訴状貼用印紙代、記録謄写料、証人及び鑑定人等の旅費、日当及びその他訴訟費用として裁判所に予納する費用を記入し、「その他」欄には、弁護士業務の遂行上必要な旅費、日当、宿泊費等として収入した金額を記入する旨の記載がされていること、したがって、右書式により白色申告を行う弁護士は、特定の依頼者から受領した金員につき、着手金及び報酬とその他の諸費用を区別してその金額を項目ごとに記入することが認められる。

そうすると、収支内訳書には、依頼者が弁護士に対し交付した金員の趣旨が、右項目ごとに記載されるものであることが認められる。

三  文書の所持者

一件記録中の被告本人尋問において、被告は、原告から交付を受けた金五〇〇万円について白色申告を行ったが、収支内訳書については、申告に際しこれを添付した年と添付しない年があった旨を供述しているが、原告が提出を求めている文書の作成時である昭和六二年度及び平成元年度において、白色申告を行う場合に収支内訳書を添付することが義務づけられていたことは関係法令に照らし明らかである。そして、確定申告書及びその添付書類の各写しは、申告書等の原本提出の際、税務当局から申告者に交付されるのが通常であること、また、申告者は右写しを保管すべき法的義務はないものの、数年間は右写しを保管しているのが通常であると考えられることからすると、被告は、昭和六二年度及び平成元年度の確定申告書写し及びその添付書類である収支内訳書写しを、現在所持していると認めるのが相当である。

なお、《証拠省略》は、モデル書式に過ぎず、被告が白色申告の際、この書式と同一の書式による書面を用いていないことも考える余地がある。しかしながら、右各証は体裁からして国税庁から配付されている収支内訳書のモデル書式と認められること、納税の申告を行う者は国税庁から配付されている書式を使用するのが通常と考えられることからすれば、被告の納税申告の方式について特段の事情の認められない本件では、被告は白色申告の際、右各証ないしそれに準ずる書式による収支内訳書を用いていると認めるべきである。

四  民事訴訟法三一二条三号後段該当性

1  一件記録によれば、本件預け金返還請求においては、原告が被告に対し、前提事件の処理についての委任契約に関連して、昭和六二年九月四日に金二〇万円、同年一一月六日に金三八〇万円及び同年一二月二五日に金一〇〇万円を、それぞれ交付したことは、いずれも当事者間に争いがなく、右合計金五〇〇万円の内訳について、原告は、印紙代金二五〇万円、鑑定費用金二〇〇万円及び着手金五〇万円であると主張した上で、前提事件において鑑定は行われなかったとして鑑定費用金二〇〇万円の返還を求め、他方、被告は、金二〇〇万円が鑑定費用として預託された金員であることを否認した上、右金五〇〇万円の内訳は、印紙代及び登録免許税等の費用金二五〇万円及び着手金二五〇万円であると主張し、右金五〇〇万円のうち金二〇〇万円(以下「本件金員」という。)の趣旨が本件預け金返還請求の争点であることが認められる。

そして、原告は、本件文書により、原告が被告に対し鑑定費用を預託した事実を証する旨を明らかにしているところ、原告代理人作成の平成六年二月二一日付け証拠説明書によれば、本件金員の趣旨が原告主張のとおり鑑定費用であれば、本件文書のうち収支内訳書写しの着手金欄には金五〇万円、また、訴訟費欄には印紙代の金二五〇万円の記載がされ、また、鑑定費用の金二〇〇万円は預かり金勘定としてその他欄に記載がされるか、又は、いずれの欄にも記載がされないこと、本件金員を含む金五〇〇万円の趣旨が被告主張のとおりであるとすれば、収支内訳書写しの着手金欄には金二五〇万円、訴訟費欄には現実に要した費用として金二五〇万円の記載がされているものと考えることができる。

また、前記のとおり原告と被告との間で本件金員が授受されたのは昭和六二年度内である。

そうすると、本件文書のうち昭和六二年度の収支内訳書写しは、原告と被告との間の委任関係自体について作成された文書ではないが、右委任関係と密接な関係を有する事項について作成された文書であると認めるのが相当である。

また本件文書のうち昭和六二年度の確定申告書写しには、提出先である当該税務署の文書収受印が押印されていることが顕著であるところ、右文書は収支内訳書写しと一体となる文書として、右同様に右委任関係と密接な関係を有する事項について作成された文書であると認めるべきである。

以上の検討によれば、本件文書のうち昭和六二年度の被告の確定申告書写し及び収支内訳書写しは、民事訴訟法三一二条三号後段の要件を具備していると解するのが相当である。

2  しかしながら、一件記録を検討しても、本件文書のうち平成元年度の被告の確定申告書写し及び収支内訳書写しが、昭和六二年度内に行われた原告と被告との間の本件金員の授受といかなる関係を有するのかは明らかでなく、右各文書が民事訴訟法三一二条三号後段の要件を具備していると解することはできない。

五  証拠としての必要性等

1  被告は、本件文書のいわゆる原始資料となる領収書が、本件訴訟において乙第五、第六号証及び甲第一二号証の一ないし三等として提出されているから、本件文書を取り調べる必要性はない旨を主張する。

一件記録によれば、前記合計金五〇〇万円の趣旨に関し、原告及び被告は別紙記載のとおりの書証を提出し、右書証のうち甲号各証はいずれも成立に争いがなく、また、乙号各証はいずれも成立に争いがないか原本の存在及び成立に争いがない。そして、本件金員の趣旨につき、甲第一二号証の一及び乙第五号証には「但 東亜開発・東亜興産事件」、甲第一二号証の二及び乙第六号証には「但し、相手方東亜開発興産株式会社に対する印紙代等費用および着手金として」、甲第一二号証の三及び乙第七号証には「但し、東亜開発・東亜興産に対する訴訟用印紙代として」との記載がされている。しかしながら、右各記載を総合しても、本件金員を含む金五〇〇万円の内訳を一義的に明らかにすることはできず、これを明らかにするには更に他の証拠による必要がある。

そして、原告代表者及び被告本人は、右金五〇〇万円の内訳について、原・被告それぞれの主張に沿う供述をしており、右内訳を認定するにつき、そのいずれの供述によるべきかはにわかに決し難いところがある。

そうすると、原告が被告に対し交付した金五〇〇万円の内訳を明らかにすることにより、原告が被告に対し鑑定費用を預託したか否かを認定するためには、本件文書のうち昭和六二年度の被告の確定申告書写し及び収支内訳書写しを書証として取り調べる必要性があるといわなければならない。

2  次に、被告は、本件文書の取調べは被告のプライバシーを侵害する結果となる旨を主張していると解されるので、この点を検討する。

本件文書のうち右各写しは、いずれも被告が昭和六二年度の所得税の申告のために作成した文書の写しであり、その性質上、閲読により同年度における所得金額、扶養及び医療費等の控除の状況など、個人の私的事柄についての情報が把握される結果となるのであるから、正当な理由なくしてその提出を命ずることは相当でない。また、弁護士である被告には、弁護士法により職務上知り得た秘密を保持する義務が課せられているところ、本件文書のうち右各写し中には、原告以外の被告の依頼者からの金銭授受の結果等も記載されていると考えられるから、その記載から読み取られる被告の職務上知り得た秘密の保持も尊重しなければならない。

そうすると、本件文書のうち、右確定申告書写しについては被告の氏名、押印欄及び税務署の文書収受印の押印部分並びに右収支内訳書写しについては原告との金銭授受を記載した部分以外の各部分については、そもそも取調べの必要性もないし、提出命令の対象から除くべきである。

六  結論

以上によれば、原告の本件申立ては、昭和六二年度の被告の確定申告書写し及び収支内訳書写し(ただし、確定申告書写しのうち被告の氏名、押印欄及び税務署の文書収受印の押印部分並びに収支内訳書写しのうち原告との金銭授受を記載した部分以外の各部分を除く。)の提出を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを却下することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 河本誠之 裁判官 安藤裕子 髙梨直純)

〈以下省略〉

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